任天堂 “驚き”を生む方程式:井上 理(著)

私にとっては待ちに待った任天堂本です。

任天堂 "驚き"を生む方程式:井上 理(著)

世襲とか創業家とか ゲーム機トップシェア奪還の任天堂という事例でも取り上げていますが、任天堂という会社は非常に謎めいた、興味深い大企業です。

そして、時価総額も3兆6500億円で、日本で7番目なんですね。

任天堂の時価総額は日本7位 パナソニックやシャープ、ソフトバンクやヤフーよりも上

パナソニックや、ソニーよりも上なんです。

そのソニーのPlayStationおよびPlayStation 2によって市場から見放され、いわば失われた10年を経た任天堂が、いかにしてWiiやDSを市場投入して、ゲーム機市場でトップを奪還できたのか?

気になって気になって、仕方ありませんでした。

上記記事をエントリーしたときには、究極のイノベーションとしての「世襲」の否定こそが、任天堂の復活の秘密だったのでは、という結論でした。

任天堂 "驚き"を生む方程式:井上 理(著)

任天堂の2008年3月期の、売上高は1兆6700億円、営業利益は4800億円だとのことです。
社員数が3800人で、一人あたりの売上高が4.4億円、営業利益は1.3億円と。

任天堂 "驚き"を生む方程式:井上 理(著)

この会社は、結局は花札・トランプの会社を、一代で世界的なゲーム機・ソフト企業へと育て上げた、山内溥氏のカリスマに追うところが大でしょう。

しかも、何度も潰れかかっていますから、社名の「天に任す」というように、運も味方したと。

カリスマ経営者には、カリスマ部下がつきものです。
横井軍平、宮本茂、岩井聡…

また、スペック志向ではない、ローテクの枯れた技術の水平思考で、次々とヒット商品を生み出しています。

そして、任天堂はよそと違う製品を送り出すことが至上なのですが、会社そのものがよそと違っています。

任天堂は、稟議を通すためのプレゼンテーションや交渉、社内調整など煩わしい作業を、あまり要求しない会社なのだと、岩田は言う。

「例えば宮本が、会社からどうやって予算を取るかということに、時間やエネルギーの半分を使わなきゃいけないとしたら、今と同じだけのクリエイティブのパワーをこの年齢で維持できていないと思う。その価値を(宮本は)若いころにわかりました、ということなんですね」

さて、23条もあるファーストリテイリングの経営理念に対して、任天堂には会社としての文章をまったく発信していないそうです。

先代の社長であった山内溥氏は、企業理念という言葉を嫌っていて、明文化したものが必要な経営者は大成しないと考えていたと。

岩田聡現社長いわく、

「社是、社訓がないことが、任天堂イズムなんですね。だって、社是、社訓のとおりに動いていたら人々(お客さん)は飽きてしまうから」

よそと違うことをしなさい、人は同じことを続けたら飽きてしまう、環境の変化に対して柔軟でありなさい、過去に成功した方法が未来も通じるとは思ったらいけない……。

要は独創的であれと言われているのに、こうしなさいという文書を忠実に守るのはおかしい。という岩田の理解だ。

ユニクロは社長・経営者の創造物ですが、任天堂は企業という生命体になっているようです。

両社は両極でもありますが、共通しているのは、勝つべくして勝ったとは思っていないことです。

凡人が勘違いしてはいけませんが、出てくる言葉は、まぐれとか運とか、そういったものです。

ユニクロ・ファーストリテイリングにしても任天堂にしても、凄い経営者、凄い会社です。

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本:郷原信郎著 コンプライアンスの暴走

「思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本」で郷原信郎氏は、いかに日本がとんでもない錯誤に満ちた世界になっているか、反省を促しています。

『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』郷原信郎著

著者の郷原信郎氏は、かつて例の東京地検特捜部にも籍を置いた、日本のコンプライアンス問題の第一人者である弁護士です。

その方が、特に経済に関する無知不勉強な検事や裁判官を批判し、暴走するメディアや大衆の「法令順守」病に冒された思考停止に警鐘を鳴らしています。

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本:郷原信郎著

「不二家」や「伊藤ハム」の事件に当事者として携わった人間として、著者は騒動の愚かさを指摘しています。
発表しないことを「隠蔽」として騒ぎまくったメディアの、国民の安全ではなく視聴率だけを追求したというバカさ加減が分かります。

姉歯事件をきっかけとして建築基準法が改正され、これ自体が官製不況をもたらしました。
誰も彼もが、建築士や建設会社やマンション販売会社を叩いて潰して社会的生命を終わらせたのですが、地震が来たら壊れそうな建物はいくらでも残っており、そしてそれらは建設当時の法律には違反していないということで放置されているのです。

法律を守って、国民の安全は守られず。これが今の日本です。

ライブドアの堀江貴文、村上ファンドの村上世彰、ブルドックソースの企業防衛判決など、経済をめぐる検察と裁判所の無知や不勉強さを指摘し、さらには日本の経済活動に致命的なダメージを与えたと。
また、広島のアーバンコーポレイションが破綻して地元は大変なんですが、この裏に直前にアーバンに融資したBNPパリバ証券の不正な「スワップ契約」が株主に致命的な損害を与えたかもしれない事件は、放置されているそうです。これは、堀江や村上どころではない、大犯罪の可能性もあると。

裁判員制度や、社会保険庁の年金記録漏れ問題も、テレビや新聞とは大きく異なった見解を示しています。

終章の、今の馬鹿げた日本の法令順守・思考停止社会から脱する提案は、少し説得力がありませんが、それはわれわれがなすべき役割でしょう。

結論としては、みのもんたや古舘伊知郎、宮崎哲弥などの電波芸者に騙されず、自分で情報を集め、自分で考え、自分で判断するしかない。そういう世の中にしよう、ということになりそうです。

  • 参照:思考停止社会 – 池田信夫 blog

思考停止、判断停止、疑念停止こそがブランドの正体?

非常に飛躍した意見です。

マーケティングにおいて、ブランドのあるなしで決定的に違うというのが、理論的な帰着です。

では、ブランドが果たす役割、消費者の購買行動に、どう働きかけているのか? が肝となるでしょう。

ブランドがあることによって、消費者は、商品の機能や他商品との違いなどを既に知っており、また、会社についても商品の開発力や販売の確実性などを自明のものとするわけです。

ECサイトにおいては、商品の紹介文と実際に届いたものとの落差を心配せずに済みますし、また振り込んでも届かないといった不安もぬぐい去られています。

ということは、ブランドがあれば、商取引において、疑いの心が生じないと言えるのではないでしょうか?

ですから逆に、ネガティブな悪評判が経てば、上記の郷原信郎氏が指摘するような、思考停止したこれでもかという大衆の攻撃が起こっているわけです。

つまり、ポジティブな評判としてのブランドは、消費者の思考停止を招いていて、良いとか悪いとかの判断も停止しており、詐欺ではなかろうかという疑念も湧かないようになるのです。

だから、ブランドがあれば、売れるのです。

私が究めたところのブランドの正体とは、消費者の購買において、思考停止、判断停止、疑念停止するだけの確固とした評判や信頼や確立すること、となります。

いかがでしょうか?

「メディア・コントロール」ノーム・チョムスキー著 テレビや新聞と戦争・侵略・虐殺

大学生時代にハイゼンベルクの不確定性原理に出会って以降、知は徘徊と変遷を続けていましたが、今回ようやくすべての辻褄があい、私の思想や哲学も完成を迎えることになりました。

つまり、世界の見方や生き方、ビジネスにおいて、不確定性や偶発性を軸に、すべてを脳の中に取り込むことができたわけです。

これは、後日エントリーしますが、ここでは私が集大成にいたるきっかけとなった本を紹介しておきます。

『メディア・コントロール ―正義なき民主主義と国際社会』ノーム チョムスキー著

非常に刺激的な、というよりも衝撃的な本です。

「メディア・コントロール」ノーム チョムスキー著

アメリカのごく少数の支配層は、自分たちの利益のために他国に戦争を仕掛け、侵略し、虐殺を行ってきたという告発です。

そして、そういった極悪非道の国家犯罪を隠蔽し、場合によってはテレビや新聞などのメディアを駆使して、大衆を洗脳したという。

つまり、全体主義国家が警察や軍隊や監獄などの暴力によって大衆を抑圧しているのに対して、アメリカという「民主主義」国家は、報道や宣伝などの「民主」的な手段によって戦争翼賛の世論をつくり、他方で正しい意見を持つ人を孤立化させて封じ込んだということです。

アメリカの非道、アメリカの相対化、そして日本。あるいは自分

ジョン・F・ケネディが大統領に就任したのが1961年。ベトナムへの介入も、ケネディの決断です。早期撤退を志向したということばかりがクローズアップされていますが。

また、イラクのフセイン大統領も、アフガンのタリバンも、元はアメリカが支援したわけです。悪の枢軸とか、国際テロリストとか言っても、アメリカの自作自演の可能性もあるのです。

メディア・コントロール の奥付では、2003年初版となっていますから、これ以降にチョムスキーが描写したとおりが再現されて、ブッシュが大統領に再選され、そしてイラク侵攻がなされたということになります。

とはいうものの、アメリカへの幻想を打ち砕くとか、アメリカを批判するとか、そういった内容として読んではもったいないですね。

アメリカという国の、政治や経済、あるいは文化に対して、相対化することは大切です。

そして、それ以上にチョムスキーが指摘する現象、あるいは事例は、アメリカに限ったことではなく、例えばこの日本でも見られることに思いを向けなければならないでしょう。

報道や宣伝と大衆の気分

さて問題は、チョムスキーの言うようなメディア・コントロールがあったとして、これが国家の支配層がうまく利用することだけを取り上げても意味がありません。

われわれが真実と思うもの、これがいつも疑わしいと気づくべきなのです。

テレビや新聞の報道において、Aという事実を取り上げ、それに対抗するBという事実を取り上げなかったら、人々はAに傾くのです。

卑近な例としては、日本のテレビは、アメリカの地デジ移行が失敗しつつあることを報道しません。
また、わが国における地デジ対応機器の導入率も50%を切っています。これもテレビはまったく取り上げていないようです。

ということで、自分も、誰も彼も、一方で偏った情報で正しいかどうかを決めているかもしれませんし、他方で思いもよらずに情報操作しているかもしれません。

そしてビジネス面では、相手が顧客だったとしたら、自分の会社やサービス・商品が、どのようにして伝わっているのか、これを精査する必要もあるというものです。

チョムスキーの著作は、非常に生々しい国際政治のドロドロを描いてはいるものの、多かれ少なかれ、人間は偏った情報を受け取り、偏った判断をするものだということです。

行動経済学やニューロマーケティングという現在最先端の販売方法論において、こういった人の認識や意志決定などの情報処理や消費者行動など、探求するべき課題となるはずです。

「本は10冊同時に読め! – 本を読まない人はサルである!」成毛眞著

根本的に、読書に対する考え方や態度が変わりました。

私は、営業体験を持たない人をあまり認めませんし、読書しない人もダメだと思っています。

そういう意味では、大多数のサラリーマンや、零細・中小企業の経営者も、肝胆相照らす仲にはなれませんね。

成毛眞『本は10冊同時に読め! – 本を読まない人はサルである!』

これは途轍もない本です。

この本で紹介するのは、「庶民」から脱するための読書術である。

高所得階級の人間になるか、低所得階級の人間になるか―その境目となるのは本を読んでいるか、読んでいないかの違いである。

本は10冊同時に読め! - 本を読まない人はサルである! 成毛眞著

成毛眞氏は、大学卒業後ある自動車部品の販売会社に就職、その後1991年から2000年までマイクロソフトの社長を務めています。

ともあれ、「セレブ(セレブリティ)」と言われる胡散臭い富裕層もどきではなく、賢くて社会の中心にいるべき「エスタブリッシュメント」という真の支配階級とは、どういう人たちなのか、この本を読めば分かります。

成毛眞氏の言う「庶民」、つまり低所得層は、

  • テレビのCMや雑誌の広告でモノを買う
  • 自分の苦労話を何時間も語る
  • スポーツ、テレビ、女、金儲けの話題が中心
  • 上司のグチ、会社の待遇への不満、女房のグチ、しょうもない自慢話の会話
  • イノベーションできない
  • 理想や思想、哲学がない
  • 行列や混雑に甘んじる
  • 仕事のオン・オフを切り替える
  • スケジュールがぎっしり
  • ベストセラーやハウツー本、「成功」がタイトルに入っている本を読んでいる
  • 仮説を立てることができない
  • アメリカ人やヨーロッパ人を相対化できないし、例えば東洋的世界観を説明できない

もちろん、最初から最後まで、読書しない人はダメです。

そのほか、読書のときに傍線を引くとか、メモを取る習慣とか、これも否定されていてビックリします。

ともかく、耳が痛いと言うよりも、非常に上から目線で選民意識が貫かれているようで、人によっては瘴気にあたって気分が悪くなるでしょう。

旅行や留学で海外に行き見聞を広めれば、視野が広がるといわれている。だが、ロバは旅に出て帰ってきてもロバ、馬にはならない、ということわざがある。(40ページ)

女王アリは、支配するための本だけを読めばいい。働きアリが読むような本を読んでいたら、思考が労働者になってしまう。(51ページ)

ただ、成毛氏の有言実行の事例としては、現在投資コンサルタント会社を経営していますが、その話題がほとんどありません。
また、現在の年収、あるいは貯蓄額なども言っていません。
もちろん、天下のマイクロソフトの社長時代の話も、1行ほどでした。

つまり、自慢話が皆無ということです。

そういう点では、どれだけ儲けたとか、今がどうだとか、ハウツー本や「成功」本を書くのは、「庶民」DNAの成り上がりということかもしれませんね。

私としては、最初の仕事が販売会社というのが気になります。営業をやっていたとしたら、営業 + 読書体験 という方程式が成り立ちそうですが…

成毛眞氏の語る脱「庶民」を目指したわけではありませんが、とにかく、今は同時に複数の本を読む習慣に切り替えました。

『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』北 康利 著 - 独立自尊のイノベーターの伝記

今日2月3日は福沢諭吉の命日です。

一万円札に肖像が採用されている人物ですね。

お札に載るほど日本の国家権力に貢献したとか、学問のすすめとは何と説教がましいことをとか、お金持ちの子弟があつまる慶応義塾大学の創始者とか、私はまったくいい印象を持っていませんでした。

だがしかし、この本を読んで打ちのめされました。今はわが不明を恥じております。
今なおこの平成日本は、福沢諭吉がやったように、「開化」するべきものではないのかと驚くのです。

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず 北 康利 著

この伝記本の著者である北康利氏は、確信犯的に、今の平成日本を福沢諭吉の時代、幕末から明治と同質なものとして描いているはずです。

まず副題、「国を支えて国を頼らず」とは、納税しても補助金をもらわず、公共事業にたかるな、と読めます(笑

そして、目次の第一章は「門閥制度は親の敵でござる」となっており、ゲンコツで頭を殴られた気分になりました。

『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』北 康利 著

もうお気づきでしょうが、先のエントリーである「フランダースの犬」ネロになりたくない、ネロにならせたくない。「閥」への憎しみ は、実はこの福沢諭吉伝の書評を書くための前触れだったわけです。

福沢諭吉の父百助は最下層武士の生まれだったために、好きな学問を修めることができず、その父の無念憤懣を母お順から聞かされ育った福沢諭吉は、門閥という生まれによって才能が飼い殺しにされる封建制度を憎み抜いたのです。

無知無学なために権力にいいように翻弄される大衆から離脱するために、日本国民に学問をすすめたのです。

明治政府の官僚を生産する家畜舎となった東京大学に対して、それ以前に、「民」であり「私立」であることを矜持として慶応義塾を創立したのです。

平等を謳いながらもわが子らに与え続けたり、最晩年は朝鮮や中国に対する帝国主義者的な言動が散見されるようですが、自由を追求し続けた福沢諭吉の思想の瑕疵とはならないでしょう。

福沢諭吉の思想からは、門閥という封建制を消滅させたはずの明治維新は、ただ幕府や主君から薩長に変わっただけの藩閥を産み出した「裏切られた革命」のニュアンスがあります。

実際、この年になってはじめて知った、明治政府による福沢への言論弾圧や、兵役なども東大などの官製学校の生徒は免除されたのに、慶応義塾などの私製学校の生徒は課せられたことなど、権力の横暴にはらわたが煮えくり返るほどです。

本書中、福沢が九鬼隆義に語ったとされる言葉が頭にこびりついて離れません。

わが国には、もう十分な数の為政者がいます。むしろ多すぎて困っているくらいです。これからは庶民の教育こそ肝要なのです。

この言によって、九鬼隆義は学校をつくり、実業に乗り出したということです。

福沢諭吉は、大教育家ではありますが、それは実業のための学問を普及させ、権力を評価する知識を伝道し、間違いなくイノベーター、そして起業家だったと言えるでしょう。

福沢諭吉 生誕地の記念碑

物議を醸しているGoogleビューですが、こんな便利な使い方もできます。
下記は、大阪市福島区福島一丁目にある福沢諭吉生誕記念碑です。


大きな地図で見る

今までも、これからも「スティーブ・ジョブズ」を見殺しにする…

私は、Steve Jobsを非常に尊敬しています。
彼に限らず、Bill Gatesや、AmazonのJeff Bezos、GoogleのLarry PageやSergey Brin、そういった起業家も同様です。

ジョブズを崇拝するエコシステム

今ではなく、少し前に彼の伝記を読んでいる方は、昨今のジョブズの賞賛に異議をとなえることでしょう。

しかし、経営に携わるのであれば、学び、真似ぶのは必須です。

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2011年 10/19号:ジョブズ、天才の軌跡

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2011年 10/19号

まあ、買って読んでください。

このブログで記録しておきたいのは、次の記事。

貧困の中で死んだ無名のジョブズたちへ

ジョブズは自ら会社を設立する以外に道はなかった

48ページ

実父はシリア系移民でイスラム教徒、養子に出され、大学中退、ヒッピーで仏教に改宗し、幻覚誘発剤LSDを試した経験もある―まともな人事担当者ならジョブズのような人間は雇わないだろう。こんな経歴を持つ20歳なんて、アップルでさえ雇うかどうか。

よって、「ジョブズは自ら会社を設立する以外に道はなかった」ということです。

サラリーマンは、ジョブズを崇拝する資格がないということでしょう(笑)

生まれながらの社畜のDNAしか持ってない人なら仕方ないのですが、アニマル・スピリットがある人は、自分の中の「ジョブズ」を殺さないように!

Lady Gagaも、ハイスクール時代に、同級生はみんなGoogleに勤めたいと言っていたけど、自分はGoogleで検索される人になりたいと思っていた、と語っています。

三菱やパナソニックに就職したいとこいねがう人は、岩崎弥太郎や松下幸之助にはなれないということです。