野球とSEO 「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー: 高橋 秀実

イノベーションも、持続的な改良や改善ではトップクラスに勝つわけがない

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孫子曰く 敵が来ないと想い、敵が攻めないと願う。順位変動もペナルティも想定外?のSEO

誰もが知っているSEOでは1ページ目にならないし、トップのサイトを真似しても圏外に

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秦による中国統一をもたらした法家 覇道の教科書『韓非子』

今、有料メルマガを発行しています。

これは、コンテンツが大事とか、ナチュラルリンクだよ、という「王道」のSEOに対するアンチ・テーゼ、自作自演をもっぱらとする「覇道」のSEOを推奨しようというものになります。

商用サイトは、王道のような「ねむたい」ことをやっておれません。
Googleのフィールド(戦場)で、数多くの競合とバトルするわけです。

今回あらためて、「覇道」とはなにか? 読書歴によってまとめてみます。

帝道、王道、覇道

私なりの見解とお断りして、韓非子の記述によると次のとおり

帝道は「徳」、王道は「智」、覇道は「力」

また、中国史をご存じの方はお分かりと思いますが、殷から周、そして春秋・戦国を経て、秦が中国を統一します。
なぜ、秦が勝ったのか?
他の国には、チャンスがなかったのか?

敵対者が多い時代では、「覇道」こそが勝ち抜ける。
では、その「覇道」の本質とは?

管仲:宮城谷 昌光

誰もがご存じの三国志時代の偉大な軍師、諸葛亮孔明が尊敬していた歴史上の人物は、楽毅と管仲です。

楽毅は、バリバリのサラリーマン時代に読んで、異常な感動をおぼえました。

超弱小国の燕の将軍となり、同盟を結んだ韓・魏・趙・楚の五国連合軍を指揮する総大将となり、東の大国の斉を滅亡寸前に追い込むのです。

なお、西の大国 秦に対して、斉が東の大国になったのは、春秋五覇となった桓公と宰相の管仲によるものです。

管仲:宮城谷 昌光

まず桓公と管仲による覇道を知るために、『楽毅』と同じ作者の宮城谷昌光の本を。

まあなんと! 桓公と管仲は長い長い雌伏の時を過ごし、さらにまた管仲による桓公の暗殺未遂事件などを経て、斉は覇者になっていくのです。

ちなみに、この管仲の政治は、「法家」的と評価されています。

戦国名臣列伝:宮城谷 昌光

では、中国の戦国時代はどうなのか?
好奇心は尽きません。

やはり、宮城谷昌光の本を。

戦国名臣列伝:宮城谷 昌光

さて目次を見て、気づきませんか?

  1. 越の范蠡
  2. 魏の呉起
  3. 斉の孫臏
  4. 秦の商鞅
  5. 燕の蘇秦
  6. 秦の魏冄
  7. 燕の楽毅
  8. 斉の田単
  9. 楚の屈原
  10. 趙の藺相如
  11. 趙の廉頗
  12. 趙の趙奢
  13. 秦の白起
  14. 秦の范雎
  15. 秦の呂不韋
  16. 秦の王翦

16人中6人が秦、しかも終わりは4人で固まっています。

つまり、戦国末期は秦の中国統一へ向けて、名臣も目白押し?ということでしょうか…

ところでこの16人、天寿を全うした人は少なく、まさしく「蜚鳥尽きて良弓蔵せられ、狡兎死して走狗煮らる」。
御用済みの名臣は、君をおびやかし、上司同僚部下にねたまれ讒言されて、横死するようです。

なお、魏の呉起は「孫呉」と言われるように「兵家」として有名ですが、政治手法は「法家」の先祖のようにもあつかわれています。
同じ「法家」の祖としては、秦の商鞅。
呉起も商鞅も、走狗として煮られるのですが、魏は法を捨て、秦は法を捨てませんでした。

韓非子と法家

ということで、覇道を進めるには、中国では「法家」の政治手法が決定的だったわけです。

法家の集大成は、韓非とその著作『韓非子』。

(↑帯に凄いことが書いています!)

韓非子といえば(あるいは「法家」)、性悪説やら冷酷非情やら、とくに秦帝国誕生に功あった李斯(彼も「法家」)の焚書坑儒などの悪名によって、日本では評判が悪いです。

韓非子によれば、法家の政治学とは
凡人の、凡人による、凡人のためのマネジメント です。
徳のある帝道も、智のある王道も、必要ないのです。

名君、名臣を願い、暴君、奸臣を嫌っても、それらは百年に一度あるかどうか…
ほとんどの時代は、上下左右すべて凡人の組織になるわけです。

よって、偶然とか、恣意とか、イレギュラーなものに期待するのではなく、人徳も、才能も、知恵も無い人たちによっても運営できる組織をつくるべき、というのが法家集大成としての韓非の結論になります。

つまり組織を、突出した指導者やヒーローを必要としない、人材に依存しない、誰でもできるシステムとして運営するべきということであり、普遍的なマネジメントの思考と行動の理論となっているのです。

しかも、組織だけでなく、たったひとりでもルールをつくって、信賞必罰で行動を律することもできそうです。

管仲の斉からはじまって、最後は秦で結晶するのは、法科の哲学による、凡人の上下で天下の覇者となるシステムの構築だったわけです。

ダイジェストというか、分かりやすいのは下記でしょう。

特別な人材や、特別なやり方に左右されない、「利」を中心として、平均的に目標達成するもの。
それが「法家」の軍事・政治の究極の治世学ということです。

ちなみに、諸葛亮孔明は、劉備の息子に教科書として『韓非子』を与えたとのことです。

ちはやふる 百人一首と平清盛 国文学古典と日本史と大河ドラマとアニメと

『ちはやふる』でマンガ大賞と講談社漫画賞少女部門を受賞、才能に相応しい復活

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歴史的低視聴率でもNHK大河ドラマ『平清盛』を見るべき7つの理由

日本の偉人、人物と時代をもっと知る、勧善懲悪の否定、改革のメッセージ、起業家の先輩、不確実性、政治と軍隊

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平清盛本7冊(謎とき平清盛:本郷和人ほか) 経営・組織運営・マーケティングの前車の轍

清盛は、平氏一門の棟梁となったことも、平氏が政権の中枢に入ったことも、ある意味では偶然の所産です。

ですから、後付けの予定調和的な、歴史解釈は、百害あって一利なし。

むしろ、欧米的な不確実性とか、たまたまとか、まぐれとか、そういったかたちで、清盛の生涯を追いかけたほうがいいでしょう。
そもそも、この時代に活躍する人たちも、偶然に偶然が重なって舞台に上がった者たちばかりです。

平清盛の時代 経営・マーケティングの前車の轍

平清盛と平家一門の繁栄は、当時の常識や習慣を破壊したことによってもたらされています。
そして、破壊によって、あるいは破壊し尽くせなかったことによって、滅亡したと言えるでしょう。

時代は、一瞬は清盛を必要としたけど、要らなくなったら使い捨てした。これが真実かもしれません。

農 対 商

清盛は、武力によって政権中枢に入り込んだのですが、経済的には農よりも商に重きをおいた可能性があります。

藤原氏・摂関家も、荘園などの農ベースの経済力が権力の基盤となっていました。
また、源氏を私兵とすることによって、武力をそなえていました。

逆に、同じ武力を頼みにしても、土地支配による農産物の税収を経済基盤とする、源氏とその取り巻きによって、武家政権を樹立できたということになるでしょう。

国内 対 国際

清盛は、中国(宋)との貿易を積極的にすすめ、博多止まりの航路を、瀬戸内海を通行可能にして、福原(神戸)まで拡張しています。
福原を首都にしようとした経緯もあります。古い都では古いことを続けざるをえないので、開けた国際的な海洋貿易の都市としようとしたのかもしれません。

知性も教養もない野蛮な源氏の木曾義仲に、福原は焼き払われてしまいました。

そして、日本史で毎度毎度出てきては消されるのが、国際派にして改革派。
ことごとく打倒されるか、退場して、国内派が権力を掌握しています。

蘇我入鹿や田沼意次などは、慣れ親しんだ価値観を否定されることにおびえる者たちには、いなくなってもらうべき奇人変人だったのでしょう。

海洋貿易では坂本龍馬以上の実績ですし、農ではなく商で経済力を高めたこと、伝統や因習に縛られなかったことは、織田信長のような革命家の風貌さえあります。

王家・公家・武家

以下の年表を見ても、清盛の出世と平家一門の政権掌握のパターンは、藤原氏の模倣に過ぎません。
(清盛前史で見たように、不比等や仲麻呂も、人臣初の皇后や太政大臣と批判されています)

時代が、武力を要求したので、たまたま当時の日本最高の武力を持っていたから、中央に進出できたと思えます。

当時の不穏な時代、そしてアンチ藤原摂関家というトーンで、政治における武力の必要性をもっとも意識したのは、王家の白河院ではないでしょうか?
つづいて、公家に対する死刑を復活させた信西が、王家を栄えさせるため、公家の力をそぎ落とし、武家を利用したと思われます。

平氏と源氏

武力としては源氏・平氏がいたものの、経済力では正盛以来平氏が圧倒的だったので、白河院も鳥羽院も平氏をひいきにしたと言えます。

平氏は京都・中央で活躍し、源氏はせいぜい摂関家の私兵で、義朝が鳥羽院に認められたことを例外として、多くは地方で暴れ回っていました。

なお、源氏は八幡太郎義家を祖とする流れで、義家の子の義親―為義―義朝―頼朝は、実朝(鎌倉三代将軍)で断絶します。
別の義家の子の義国の流れが、鎌倉幕府を支え、室町幕府の将軍と守護大名を輩出します。

源氏には、親子兄弟血縁での内部抗争が多く、もとから力ずくで解決する、殺してでも排除するというDNAも感じなくもないですね…

武家政権

基本的には、武家とか源平とかに引っ張られると、清盛の革命性が薄まります。

たしかに頼朝に先行する武家政権の端緒ではあったかもしれませんが、商業や貨幣による人と物との流動性、さらには海洋貿易による国際感覚など、現代に通じる清盛の功績が光を失ってしまうでしょう。

この時の日本に必要だったのは、武家政権ではなく、公家・藤原摂関家の政治支配の終焉だったと思えるのです。
軍隊の支配ではなく、軍事力による治安秩序維持を背景とした日本統治。
明治政府中世版のようなものでもよかったのかもしれません。

平清盛 年表

キーワードは、やはり外戚政治です。
また、仲麻呂のように軍事による決定力をもっていました。

問題は、(a)藤原氏の模倣の外戚政治、ただし、そもそも(b)武家の身内が天皇の妻になること、天皇の母になることが、奇跡だったわけです。

そこまで上り詰めたことは、平清盛の偉大な力でしょう。

西暦 年齢 ことがら 王家・ほか
1118 1 清盛誕生 (白河院政)
1119 2   後の崇徳天皇誕生
1123 6   崇徳天皇即位
1127 10   後の後白河天皇誕生
1129 12 従五位下 白河院没。鳥羽院政
1139 22   後の近衛天皇誕生(母美福門院)
1142 25   近衛天皇即位
1143 26   後の二条天皇誕生(父後白河/美福門院養子)
1146 29 安芸守  
1147 30 祇園騒乱事件  
1149 32 異母弟家盛急死  
1151 34   以仁王誕生(父後白河)
1153 36 父忠盛没。平氏棟梁  
1155 38   近衛天皇没。後白河天皇即位
1156 39 保元の乱。播磨守 鳥羽上皇没
1158 41 大宰大弐 二条天皇即位。後白河院政
1159 42 平治の乱  
1160 43 正三位 源頼朝伊豆配流
1161 44 権中納言 後白河院政停止。二条親政
義妹滋子(後白河后)後の高倉天皇出産
1164 45   後の六条天皇誕生(父二条天皇)
1165 48 権大納言 二条天皇没。六条天皇即位
1166 49 東宮大夫。内大臣  
1167 50 従一位太政大臣  
1168 51   六条天皇没。高倉天皇即位
1171 54 娘徳子 高倉天皇入内
1176 59 建春門院滋子没
1177 60 鹿ヶ谷事件  
1178 61 徳子 後の安徳天皇出産
1179 62   後白河院政停止
1180 63 安徳天皇即位
頼朝挙兵。以仁王敗死(このころ『梁塵秘抄』)
1181 64 清盛死去  
1183     『千載和歌集』院宣
1185   壇ノ浦の合戦
時子、安徳天皇、三種の神器の天叢雲剣とともに入水
1192     後白河法皇没

源平合戦のときに、藤原定家が「紅旗征戎吾が事に非ず(戦は自分には関係ないよ)」と日記『明月記』に書いていますが、後白河法皇も、わが生き死にがどうなるやもしれない時期に、『梁塵秘抄』や『千載和歌集』を撰じているのは凄まじいですね。

ここにこそ、日本のエスタブリッシュメントに、「雅」を感じます。

平家の家紋

平氏の家紋は、揚羽蝶です。

家紋のEPS素材を公開してます。検索、ダウンロード無料。
(使わせていただきます)

平氏の家紋は丸に揚羽蝶

なかなか、クールなデザインですね。

平清盛 ― この男日本を変える

平清盛 ― この男日本を変える

結局、信長は「天下布武」と、明確に軍事力で圧倒して日本を支配するというイデオロギーがあったのですが、清盛は平氏の武力の時代的な意味を理解していなかったというところですね。
この本を読んだ感想として…

経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書: 山田 真哉

経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書: 山田 真哉

この本によって、海洋貿易の振興や、貨幣経済の浸透など、清盛の経済的な功績を教えてもらいました。

坂本龍馬は、薩摩資本の亀山社中、土佐資本の海援隊の、雇われCEOに過ぎませんでしたが、平清盛は日本国のトップとなって、経営したわけです。

図解 中世の革命児 平清盛の真実 元木泰雄

図解 中世の革命児 平清盛の真実 (朝日オリジナル): 元木泰雄

この本は、今のNHK大河ドラマ『平清盛』を見るには必須です。

というか、これを読み込んでいないと、この時代の人は軸もなくぶれた毎日を送っていますから、それこそサイコロの目のように、昨日の友は今日の敵、登場しては消え、地位が上がっては失脚し、生まれては死んでいくような。

上図のように、重大なエピソードごとに、敵と味方を短評つきで図解しています。
そして、全ページの左端に、清盛の年齢も示されています。

とても便利な、清盛図鑑です。

当然、白河院以降の日本史は、すごろく化していることも視覚的に分かってきますよ。

平清盛と後白河院 元木 泰雄

平清盛と後白河院 (角川選書): 元木 泰雄

これは、上記の図解版とはまったく違って、文字ばかりで(笑)、あまりにも登場人物が多く、姓が同じで、名も通字だらけなので、疲れます。
平氏と源氏は、かならず混乱しますね。

また、平家物語や、鎌倉室町に都合のいい資料の「アンチ平家・清盛」を、文献を引っ張ってきてくつがえしていくようなテーマですから、もとから、元の資料も、反論する文献も知らない私たちにとっては、敷居が高いようです。

歴史に裏切られた武士 平清盛 上杉和彦

歴史に裏切られた武士 平清盛 (アスキー新書): 上杉和彦

NHK大河と同じ見方、清盛が武家政権の口火を切った、ということです。

先駆者ゆえに、アンシャン・レジームの破壊に没頭して、次の時代の創造まで手が回らなかったということでしょうか。

手柄を、頼朝にさらわれたというか…

平清盛―「武家の世」を切り開いた政治家 上杉 和彦

平清盛―「武家の世」を切り開いた政治家 (日本史リブレット人): 上杉 和彦

上記の本と同じ作者です。

内容はほぼ同じですが、同じ本を二度読むよりは、同じ作者の別の本を読むほうが、理解は深まります。

謎とき平清盛 本郷 和人

謎とき平清盛 (文春新書): 本郷 和人

謎とき平清盛 (文春新書): 本郷 和人

これが、最後の、そして最高のお勧め本です。

作者は、NHK大河ドラマの時代考証者ということです。

武家が主役で、公家がいて、だから天皇家も「王家」がいいと提案されたそうです。
実際、この用語は、非常に分かりやすく、自分の頭も整理しやすくなりました。

正盛から忠盛と、先代がいてこその清盛と、平家一門のある程度の繁栄は見込めたという状況。
平家一門の安泰や結束力に対して、源氏では畳の上で死んだ人が少ないと(笑)
裏付けるように、源氏の者たちは、地方では暴力的に略奪をする狼藉者も多く、弓矢にたけたつわものも数知れずと、勇猛な話に事欠きません。

さて、院政の強大化、摂関家の頼長と忠通兄弟の私闘も重なって、ついに「350年ぶりの死刑の復活」。
のみならず、政敵を追い落とすために、武力を持って討つということが当たり前になります。

せいぜい、呪ったでしょ?と陰謀を仕掛け失脚させるか、人知れず毒薬などで暗殺する程度だったのに、平和ボケした時代をぶん殴るように、血で血を洗う正面からの武力闘争が幕を開けたのです。

後白河と信西と清盛、時代が求めた怪物たちがそろって、日本史は大きく転換したということのようです。
信西は、後白河・王家の完全政治のために、公家・摂関家を失墜させ、武家・平氏の軍事力をバックボーンに、理想の王国を構築しようとしたのでしょう。

また、日本全体で、反平家というより反既存政治の反乱が自然発生的に起こっており、源氏はその一部であること。
頼朝が挙兵できたのも、一度平氏に敗戦して再起できたのも、父義朝が開拓した関東の武士との人脈が大きかったこと。

こうして、政治、経済、軍事をまとめて、日本史の転換点で、平清盛が何者であったのか、そして平家一門の繁栄と滅亡など、「謎」がとかれていく。

ぜひお読みください。

NHK大河ドラマ『平清盛』の理解の助けになるとともに、事業を興すこと、続けること、会社をつぶさないことなど、非常にお役に立てることと思います。

『坊っちゃん』の時代:関川 夏央, 谷口 ジロー

最近可能なかぎり、マンガは電子書籍を買って、iPadで読んでいます。
よく利用するのは、eBookJapanです。

もう、今の若い人たちは、夏目漱石なども、読みもしないし、知りもしないかもしれませんが、私の高校生時代に読み漁ったものでした。

『坊っちゃん』の時代:関川 夏央, 谷口 ジロー

eBookJapanで5冊まとめ買い。

第二回手塚治虫文化賞を受賞した、すばらしい芸術作品です。

内容は、『坊っちゃん』の時代 公式サイト などをご覧いただき、すぐに購入して感動してください(笑)

電子書籍はイヤ、リーディングするガジェットがない、そんな方は、Amazonで。

知的で、繊細で、がさつに出世や金儲けができない貴方。

時代は進むけど、いい方に行くとはかぎらないと、懐疑的な人。

夏目漱石や、明治時代のインテリゲンチャに興味を持つ方、憧れる方。

ぜひ、読みましょう。

日本のマンガは、映画以上の思想力と表現力です。

その時歴史は動かなかった!?:鈴木 眞哉 (著) 後付けご都合史観の戒め

ブログに投稿しているヒマはないほど忙しいのですが、とりあえず大事なことなので…

ここで紹介するのは、題名からも想像できるとおりNHKの「その時歴史が動いた」の批判本です。

とは言うものの、歴史通というか歴史ファンというか、日本史に興味のある社長や管理職の方にはかなり耳の痛い本です。

つまり、常識とか通説とか、あるいは評判のビジネス本とか経営ノウハウとか、それらを鵜呑みにしてはいけませんぜと。

もっとも、はなっからわが祖国の歴史とか、信長・秀吉・家康の天下人の業績には関心のない輩は論外ですが…

その時歴史は動かなかった!?:鈴木 眞哉 (著)

その時歴史は動かなかった!?:鈴木 眞哉 (著)

まず、この『その時歴史は動かなかった!?』は、題名どおりのNHKの超人気番組の批判に徹しています。

目的は、NHKが流布する間違った日本史、および歴史観を攻撃することですから、否定したあとに別の解答があるというわけでもありません。

そのため、批判は理解できても、では真実は何かと釈然としないものが全編を覆っています。

しかし、今まで自分が信じてきたものが、ひっくり返されることは、間違いありません。

だからこそ、歴史好きの社長や管理職の方にお勧めするのです。

そのような方は、趣味道楽の蘊蓄程度なのか、はたまた経営や組織運営、マーケティングなどに活かすのか、特に戦国武将の生き様や、戦(いくさ)の巧拙には多大な関心を持っているはずです。

で、私は、見事に自分の定見をくつがえされて、さらには、経営や事業などを再認識させられた次第です。

歴史は常に勝者の側から書き替えられる

まず、歴史には「たられば」のない、一回こっきりのエピソードの積み重ねです。

これを、偶然とかまぐれの産物と客観化できればいいのですが、必然を読み込むと、いつも勝者の側の言い分だけを鵜呑みにしてしまいます。

ですから、勝ち組が自分たちの都合のいいように歴史を書き替えるだけでなく、後世の者も同じように後付けで、まるでシナリオが用意された芝居のように受け取ってしまいます。

権謀術策もなければ、臥薪嘗胆で捲土重来を期す、それらは後世の作り話ばかりのようです。
後付けの予定調和、ご都合主義…

鎌倉幕府もできちゃった政権で、そもそも「幕府」という武士政府を表す用語も江戸時代の発明らしいです。

また、武家政権は将軍職でないとダメとか、将軍は源氏から選ばれるとか、全部違うみたいです!

驚きですよね!?

桶狭間も、川中島も、三方原も、長篠も、賤ヶ岳も、関ヶ原も…

ということで、歴史が動く、その時はなかったということです。

日本の戦争史は昔から常に弓や礫(つぶて)、鉄砲などの「遠戦志向」

この本は、平将門・平清盛からはじまり、田原坂・二百三高地で終わっています。

見出しの「遠戦」という言葉は知っていました?

引用してみます。

「はじめに」で、私は「日本人の戦い方はどういうものだったのか」ということを考えてきたといった。そのため、この本では、平将門の乱から西南戦争まで、『その時歴史が動いた』のなかでも、そういうことに関連した事件を数多く取り上げる結果となった。

 それらの事件は起きた時代が違うだけでなく、中身や影響もさまざまだが、その根底にある戦闘思想のようなものは一貫している。それは遠戦志向主体だったということである。といってもわかりにくいかもしれないが、弓矢や石・礫、さらには鉄砲といった遠戦兵器、つまり飛び道具に依存する傾向が強かったということである。

これは、驚天動地の見解ではありませんか!?

もちろん、刀や槍のような白兵も用いられたが、飛び道具にくらべたら依存度はずっと低かった。まして、白兵を振るって接戦格闘することこそ戦闘の本質であるとか、そうしなければ戦闘の決着がつけられないといった白兵主義の思想のようなものは、かつて存在したことがない。

商品開発とか、経営戦略とかはともかく、日本の企業の営業では、ほとんどが「白兵主義」ではないでしょうか?

これは、歴史上は、つまり書き残された戦争の記録では、二百三高地以前にはまったくなかったことというのです。

日露戦争勝利の結果(代償)として、第一次世界大戦後に欧米列強が白兵戦から空中戦へと戦争を転換させ切ったにもかかわらず、日本だけは銃剣突撃、白兵による肉弾格闘が支配的となってしまったと。

皮肉なことに、この時だけは歴史が動いた、と言えるそうです。

『その時歴史は動かなかった!?:鈴木 眞哉 (著)』に学ぶこと

自分が信じていることが、事実と違うかもしれないと疑えよ、ということ。

新聞やテレビは言うにおよばず、ビジネス書でも、先輩経営者でも、その発言や情報は、正しいとは限らない、むしろ大きく違っている、ということ。

自分自身の成功体験さえも、その総括を間違えば、その後の経営や事業を失敗しかねない、ということ。

ということは、あらゆる事実や真理の認識や判断に問題があるかもしれない、ということになります。

恐ろしいことですね。

イヤな客には売るな!:石原 明(著) 百式管理人ブログのプレゼントでゲット

営業に身をおいたものなら知っていなければモグリと言われる石原明さんの『営業マンは断ることを覚えなさい』。

百式管理人のライフハックブログで、【読者プレゼント】 イヤな客には売るな!に応募していただいたのが、同じ石原明さん著の↓この本です。

イヤな客には売るな!:石原 明(著)

冒頭から凄い言葉が、

なぜ、あなたの会社が儲からないのか。

それは、「売ってはいけないお客様」に売っているからです。

イヤな客には売るな!:石原 明(著)

この本は、

セールスの本です。販売や営業について独創的なことが書いてあります。

また、マーケティングの指南書です。

それどころか、経営の書でもあるのです。

そして、裏側からのブランド構築のマニュアルともなっています。

客・お客・お客様と「顧客」の間の、深い溝高い壁

「顧客」の定義は、

顧客とは、あなたの会社の商品やサービスをいつも喜んで買ってくれる人、新しい商品が出たらそれも喜んで買ってくれる人、そればかりか、あなたの会社や商品を他の人に紹介してくれる人のことです。

「顧客」は、購入者や消費者とはかなり違っていますね。

特に、マーケットの小さい日本で成功するためには、この「顧客化」が確立していないとダメ。会社は成長していかないでしょう。

つまり、購入者や消費者、客・お客・お客様ではなく、「顧客」に売らなければならないのです。

では「顧客化」はどうやるのか?

  1. 集客
  2. 見込み客のフォロー
  3. 販売
  4. 顧客化

のフローをあげています。

そして、売ってはいけない「イヤな客」の定義とは、

人間的に問題のある人とか、やたらと文句の多い人、不当な要求ばかりする人や、主義が合わない人、本音で付き合えない人もそうですし、長いお付き合いをしてくれそうもない人や、こちらの誠意に感謝の念を抱いてくれない人、それに、サービスに対してお金を払うと言うことを理解していない人等々。

だから、お客に売れても、ちっとも会社は儲からないのです。

目の前の売上や利益を欲しがった、「できちゃった販売」「できちゃった営業」「できちゃった経営」ではダメと言うことです。

イヤな客と縁を切ると会社はどう良くなるのか、「顧客化」のシステムはどうやってつくるのか?

それは、本書を買って続きを読みましょう。

実際、ブランドとか、コンシューマーとカスタマーとか、そういったカタカナを並べるのではなく、日本的な組織が取り組みやすい、しかも数々の実績をともなって、成功事例を交えながら、具体的に、結果としてのブランド企業になる方法論が書かれているのです。

かなり前に『営業マンは断ることを覚えなさい』を読んで衝撃を受けましたし、そういう考えで事業に取り組んできました。

今回の本は、さらに会社を挙げて、経営者が取り組むべきものとして、しかもシンプルに、まとめられています。

凄いです。

私も、すぐに実践をはじめました。

参考:経営コンサルタント:石原明の経営のヒント

イノベーションのジレンマ:クレイトン・クリステンセン著

私が会社をつくるときに覚悟を決めた本です。

イノベーションのジレンマ:クレイトン・クリステンセン著

イノベーション(innovation)とは、革新とか新機軸とか訳される、ビジネス用語です。

イノベーションのジレンマ クレイトン・クリステンセン著

イノベーターでない人は、
起業してはいけません。
経営してはいけません。
意志決定してはいけません。

イノベーションには、持続的イノベーションと、破壊的イノベーションがあります。
前者は改良や改善、後者は革命、と言えるかもしれません。

どの市場でも、破壊的イノベーションをもたらす新興企業が、持続的イノベーションに長けた超優良企業を潰しているそうです。

クレイトン・クリステンセンはこう書きます、

優れた経営こそが、業界リーダーの座を失った最大の理由である。

恐ろしいでしょう?

優れた経営だから、ダメなのです。

顧客の意見に耳を傾け、顧客が求める製品を増産し、改良するために新技術に積極的に投資したからこそ、市場の動向を注意深く調査し、システマティックに最も収益率の高そうなイノベーションに投資配分したからこそ、リーダーの地位を失ったのだ。

絶望するでしょう?

優れた企業だから、ダメなのです。

これまで以上に綿密に計画し、懸命に努力し、顧客の意見を受け入れ、長期的な視点に立つことは、すべて問題を悪化させることになる。

気が狂いそうでしょう?

優れた方針だから、ダメなのです。

ごく少数の例外を除いて、主流企業が迅速に破壊的技術で地位を築くことに成功したのは、経営者が自律的な組織を設立し、破壊的技術の周辺に新しい独立事業を立ちあげる任務を与えたときだけである。

今までの主役は、次の主役には絶対になれず、それどころか、新しい主役の足を引っ張り、新しい劇がはじまることを認めず、洗練され、慣れ親しんだ古い劇を演じ続けようとするのです。

新しい市場につながる破壊的技術を扱う際には、市場調査と事業計画が役に立った実績はほとんどない。

新しい市場がどの程度の規模になるかについて専門家の予測は必ず外れる。

投資のプロセスで、市場規模や収益率を数量化してからでなければ市場に参入できない企業は、破壊的技術に直面したときに、身動きが取れなくなるか、取り返しのつかない間違いをおかす。

未知の技術であり、新しい市場ですから、既存のデータは存在しないのです。

ということは、まぐれ当たりを期待して、えいやっと、やってみるだけということです。

だから特に起業家は、博打打ち、ギャンブラーでないとやっていけないわけです。

本質的に、官僚体質、役人根性の人間は、起業でも経営でも、無能ということになるでしょうね。

だからといって、夢とかロマンと、破壊的イノベーションとは、まったく違うものですから、勝つまで止めない、負けそうだと傷口が広がらないうちに撤収する、そういった野武士的な戦いのセンスが必要でしょう。

私が、覚悟を決めて会社をつくったというのは、そういうことです。

ある意味で、売上を高め、会社を大きくするまでは、マンティコアのように食い尽くして図体をでかくするということでしょうか…

どのみち、最後に勝つ経営者はそういった人種ですから、食わなければ食われるということですよ。

すでに、戦争ははじまっているのです。

この本を読めば、
自分が勝ち残れる経営者か、そうでないかが分かるでしょう。あるいは生き残る方法が見つかります。
自分の会社が伸び続けるか、突然死するか、予想がつくかもしれません。
Panasonicの苦悩や、SONYの低迷も理解できるでしょう。
日本自体が、長期衰退傾向にあると、身の毛がよだつでしょう。