秦による中国統一をもたらした法家 覇道の教科書『韓非子』

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商用サイトは、王道のような「ねむたい」ことをやっておれません。
Googleのフィールド(戦場)で、数多くの競合とバトルするわけです。

今回あらためて、「覇道」とはなにか? 読書歴によってまとめてみます。

帝道、王道、覇道

私なりの見解とお断りして、韓非子の記述によると次のとおり

帝道は「徳」、王道は「智」、覇道は「力」

また、中国史をご存じの方はお分かりと思いますが、殷から周、そして春秋・戦国を経て、秦が中国を統一します。
なぜ、秦が勝ったのか?
他の国には、チャンスがなかったのか?

敵対者が多い時代では、「覇道」こそが勝ち抜ける。
では、その「覇道」の本質とは?

管仲:宮城谷 昌光

誰もがご存じの三国志時代の偉大な軍師、諸葛亮孔明が尊敬していた歴史上の人物は、楽毅と管仲です。

楽毅は、バリバリのサラリーマン時代に読んで、異常な感動をおぼえました。

超弱小国の燕の将軍となり、同盟を結んだ韓・魏・趙・楚の五国連合軍を指揮する総大将となり、東の大国の斉を滅亡寸前に追い込むのです。

なお、西の大国 秦に対して、斉が東の大国になったのは、春秋五覇となった桓公と宰相の管仲によるものです。

管仲:宮城谷 昌光

まず桓公と管仲による覇道を知るために、『楽毅』と同じ作者の宮城谷昌光の本を。

まあなんと! 桓公と管仲は長い長い雌伏の時を過ごし、さらにまた管仲による桓公の暗殺未遂事件などを経て、斉は覇者になっていくのです。

ちなみに、この管仲の政治は、「法家」的と評価されています。

戦国名臣列伝:宮城谷 昌光

では、中国の戦国時代はどうなのか?
好奇心は尽きません。

やはり、宮城谷昌光の本を。

戦国名臣列伝:宮城谷 昌光

さて目次を見て、気づきませんか?

  1. 越の范蠡
  2. 魏の呉起
  3. 斉の孫臏
  4. 秦の商鞅
  5. 燕の蘇秦
  6. 秦の魏冄
  7. 燕の楽毅
  8. 斉の田単
  9. 楚の屈原
  10. 趙の藺相如
  11. 趙の廉頗
  12. 趙の趙奢
  13. 秦の白起
  14. 秦の范雎
  15. 秦の呂不韋
  16. 秦の王翦

16人中6人が秦、しかも終わりは4人で固まっています。

つまり、戦国末期は秦の中国統一へ向けて、名臣も目白押し?ということでしょうか…

ところでこの16人、天寿を全うした人は少なく、まさしく「蜚鳥尽きて良弓蔵せられ、狡兎死して走狗煮らる」。
御用済みの名臣は、君をおびやかし、上司同僚部下にねたまれ讒言されて、横死するようです。

なお、魏の呉起は「孫呉」と言われるように「兵家」として有名ですが、政治手法は「法家」の先祖のようにもあつかわれています。
同じ「法家」の祖としては、秦の商鞅。
呉起も商鞅も、走狗として煮られるのですが、魏は法を捨て、秦は法を捨てませんでした。

韓非子と法家

ということで、覇道を進めるには、中国では「法家」の政治手法が決定的だったわけです。

法家の集大成は、韓非とその著作『韓非子』。

(↑帯に凄いことが書いています!)

韓非子といえば(あるいは「法家」)、性悪説やら冷酷非情やら、とくに秦帝国誕生に功あった李斯(彼も「法家」)の焚書坑儒などの悪名によって、日本では評判が悪いです。

韓非子によれば、法家の政治学とは
凡人の、凡人による、凡人のためのマネジメント です。
徳のある帝道も、智のある王道も、必要ないのです。

名君、名臣を願い、暴君、奸臣を嫌っても、それらは百年に一度あるかどうか…
ほとんどの時代は、上下左右すべて凡人の組織になるわけです。

よって、偶然とか、恣意とか、イレギュラーなものに期待するのではなく、人徳も、才能も、知恵も無い人たちによっても運営できる組織をつくるべき、というのが法家集大成としての韓非の結論になります。

つまり組織を、突出した指導者やヒーローを必要としない、人材に依存しない、誰でもできるシステムとして運営するべきということであり、普遍的なマネジメントの思考と行動の理論となっているのです。

しかも、組織だけでなく、たったひとりでもルールをつくって、信賞必罰で行動を律することもできそうです。

管仲の斉からはじまって、最後は秦で結晶するのは、法科の哲学による、凡人の上下で天下の覇者となるシステムの構築だったわけです。

ダイジェストというか、分かりやすいのは下記でしょう。

特別な人材や、特別なやり方に左右されない、「利」を中心として、平均的に目標達成するもの。
それが「法家」の軍事・政治の究極の治世学ということです。

ちなみに、諸葛亮孔明は、劉備の息子に教科書として『韓非子』を与えたとのことです。

平清盛本7冊(謎とき平清盛:本郷和人ほか) 経営・組織運営・マーケティングの前車の轍

清盛は、平氏一門の棟梁となったことも、平氏が政権の中枢に入ったことも、ある意味では偶然の所産です。

ですから、後付けの予定調和的な、歴史解釈は、百害あって一利なし。

むしろ、欧米的な不確実性とか、たまたまとか、まぐれとか、そういったかたちで、清盛の生涯を追いかけたほうがいいでしょう。
そもそも、この時代に活躍する人たちも、偶然に偶然が重なって舞台に上がった者たちばかりです。

平清盛の時代 経営・マーケティングの前車の轍

平清盛と平家一門の繁栄は、当時の常識や習慣を破壊したことによってもたらされています。
そして、破壊によって、あるいは破壊し尽くせなかったことによって、滅亡したと言えるでしょう。

時代は、一瞬は清盛を必要としたけど、要らなくなったら使い捨てした。これが真実かもしれません。

農 対 商

清盛は、武力によって政権中枢に入り込んだのですが、経済的には農よりも商に重きをおいた可能性があります。

藤原氏・摂関家も、荘園などの農ベースの経済力が権力の基盤となっていました。
また、源氏を私兵とすることによって、武力をそなえていました。

逆に、同じ武力を頼みにしても、土地支配による農産物の税収を経済基盤とする、源氏とその取り巻きによって、武家政権を樹立できたということになるでしょう。

国内 対 国際

清盛は、中国(宋)との貿易を積極的にすすめ、博多止まりの航路を、瀬戸内海を通行可能にして、福原(神戸)まで拡張しています。
福原を首都にしようとした経緯もあります。古い都では古いことを続けざるをえないので、開けた国際的な海洋貿易の都市としようとしたのかもしれません。

知性も教養もない野蛮な源氏の木曾義仲に、福原は焼き払われてしまいました。

そして、日本史で毎度毎度出てきては消されるのが、国際派にして改革派。
ことごとく打倒されるか、退場して、国内派が権力を掌握しています。

蘇我入鹿や田沼意次などは、慣れ親しんだ価値観を否定されることにおびえる者たちには、いなくなってもらうべき奇人変人だったのでしょう。

海洋貿易では坂本龍馬以上の実績ですし、農ではなく商で経済力を高めたこと、伝統や因習に縛られなかったことは、織田信長のような革命家の風貌さえあります。

王家・公家・武家

以下の年表を見ても、清盛の出世と平家一門の政権掌握のパターンは、藤原氏の模倣に過ぎません。
(清盛前史で見たように、不比等や仲麻呂も、人臣初の皇后や太政大臣と批判されています)

時代が、武力を要求したので、たまたま当時の日本最高の武力を持っていたから、中央に進出できたと思えます。

当時の不穏な時代、そしてアンチ藤原摂関家というトーンで、政治における武力の必要性をもっとも意識したのは、王家の白河院ではないでしょうか?
つづいて、公家に対する死刑を復活させた信西が、王家を栄えさせるため、公家の力をそぎ落とし、武家を利用したと思われます。

平氏と源氏

武力としては源氏・平氏がいたものの、経済力では正盛以来平氏が圧倒的だったので、白河院も鳥羽院も平氏をひいきにしたと言えます。

平氏は京都・中央で活躍し、源氏はせいぜい摂関家の私兵で、義朝が鳥羽院に認められたことを例外として、多くは地方で暴れ回っていました。

なお、源氏は八幡太郎義家を祖とする流れで、義家の子の義親―為義―義朝―頼朝は、実朝(鎌倉三代将軍)で断絶します。
別の義家の子の義国の流れが、鎌倉幕府を支え、室町幕府の将軍と守護大名を輩出します。

源氏には、親子兄弟血縁での内部抗争が多く、もとから力ずくで解決する、殺してでも排除するというDNAも感じなくもないですね…

武家政権

基本的には、武家とか源平とかに引っ張られると、清盛の革命性が薄まります。

たしかに頼朝に先行する武家政権の端緒ではあったかもしれませんが、商業や貨幣による人と物との流動性、さらには海洋貿易による国際感覚など、現代に通じる清盛の功績が光を失ってしまうでしょう。

この時の日本に必要だったのは、武家政権ではなく、公家・藤原摂関家の政治支配の終焉だったと思えるのです。
軍隊の支配ではなく、軍事力による治安秩序維持を背景とした日本統治。
明治政府中世版のようなものでもよかったのかもしれません。

平清盛 年表

キーワードは、やはり外戚政治です。
また、仲麻呂のように軍事による決定力をもっていました。

問題は、(a)藤原氏の模倣の外戚政治、ただし、そもそも(b)武家の身内が天皇の妻になること、天皇の母になることが、奇跡だったわけです。

そこまで上り詰めたことは、平清盛の偉大な力でしょう。

西暦 年齢 ことがら 王家・ほか
1118 1 清盛誕生 (白河院政)
1119 2   後の崇徳天皇誕生
1123 6   崇徳天皇即位
1127 10   後の後白河天皇誕生
1129 12 従五位下 白河院没。鳥羽院政
1139 22   後の近衛天皇誕生(母美福門院)
1142 25   近衛天皇即位
1143 26   後の二条天皇誕生(父後白河/美福門院養子)
1146 29 安芸守  
1147 30 祇園騒乱事件  
1149 32 異母弟家盛急死  
1151 34   以仁王誕生(父後白河)
1153 36 父忠盛没。平氏棟梁  
1155 38   近衛天皇没。後白河天皇即位
1156 39 保元の乱。播磨守 鳥羽上皇没
1158 41 大宰大弐 二条天皇即位。後白河院政
1159 42 平治の乱  
1160 43 正三位 源頼朝伊豆配流
1161 44 権中納言 後白河院政停止。二条親政
義妹滋子(後白河后)後の高倉天皇出産
1164 45   後の六条天皇誕生(父二条天皇)
1165 48 権大納言 二条天皇没。六条天皇即位
1166 49 東宮大夫。内大臣  
1167 50 従一位太政大臣  
1168 51   六条天皇没。高倉天皇即位
1171 54 娘徳子 高倉天皇入内
1176 59 建春門院滋子没
1177 60 鹿ヶ谷事件  
1178 61 徳子 後の安徳天皇出産
1179 62   後白河院政停止
1180 63 安徳天皇即位
頼朝挙兵。以仁王敗死(このころ『梁塵秘抄』)
1181 64 清盛死去  
1183     『千載和歌集』院宣
1185   壇ノ浦の合戦
時子、安徳天皇、三種の神器の天叢雲剣とともに入水
1192     後白河法皇没

源平合戦のときに、藤原定家が「紅旗征戎吾が事に非ず(戦は自分には関係ないよ)」と日記『明月記』に書いていますが、後白河法皇も、わが生き死にがどうなるやもしれない時期に、『梁塵秘抄』や『千載和歌集』を撰じているのは凄まじいですね。

ここにこそ、日本のエスタブリッシュメントに、「雅」を感じます。

平家の家紋

平氏の家紋は、揚羽蝶です。

家紋のEPS素材を公開してます。検索、ダウンロード無料。
(使わせていただきます)

平氏の家紋は丸に揚羽蝶

なかなか、クールなデザインですね。

平清盛 ― この男日本を変える

平清盛 ― この男日本を変える

結局、信長は「天下布武」と、明確に軍事力で圧倒して日本を支配するというイデオロギーがあったのですが、清盛は平氏の武力の時代的な意味を理解していなかったというところですね。
この本を読んだ感想として…

経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書: 山田 真哉

経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書: 山田 真哉

この本によって、海洋貿易の振興や、貨幣経済の浸透など、清盛の経済的な功績を教えてもらいました。

坂本龍馬は、薩摩資本の亀山社中、土佐資本の海援隊の、雇われCEOに過ぎませんでしたが、平清盛は日本国のトップとなって、経営したわけです。

図解 中世の革命児 平清盛の真実 元木泰雄

図解 中世の革命児 平清盛の真実 (朝日オリジナル): 元木泰雄

この本は、今のNHK大河ドラマ『平清盛』を見るには必須です。

というか、これを読み込んでいないと、この時代の人は軸もなくぶれた毎日を送っていますから、それこそサイコロの目のように、昨日の友は今日の敵、登場しては消え、地位が上がっては失脚し、生まれては死んでいくような。

上図のように、重大なエピソードごとに、敵と味方を短評つきで図解しています。
そして、全ページの左端に、清盛の年齢も示されています。

とても便利な、清盛図鑑です。

当然、白河院以降の日本史は、すごろく化していることも視覚的に分かってきますよ。

平清盛と後白河院 元木 泰雄

平清盛と後白河院 (角川選書): 元木 泰雄

これは、上記の図解版とはまったく違って、文字ばかりで(笑)、あまりにも登場人物が多く、姓が同じで、名も通字だらけなので、疲れます。
平氏と源氏は、かならず混乱しますね。

また、平家物語や、鎌倉室町に都合のいい資料の「アンチ平家・清盛」を、文献を引っ張ってきてくつがえしていくようなテーマですから、もとから、元の資料も、反論する文献も知らない私たちにとっては、敷居が高いようです。

歴史に裏切られた武士 平清盛 上杉和彦

歴史に裏切られた武士 平清盛 (アスキー新書): 上杉和彦

NHK大河と同じ見方、清盛が武家政権の口火を切った、ということです。

先駆者ゆえに、アンシャン・レジームの破壊に没頭して、次の時代の創造まで手が回らなかったということでしょうか。

手柄を、頼朝にさらわれたというか…

平清盛―「武家の世」を切り開いた政治家 上杉 和彦

平清盛―「武家の世」を切り開いた政治家 (日本史リブレット人): 上杉 和彦

上記の本と同じ作者です。

内容はほぼ同じですが、同じ本を二度読むよりは、同じ作者の別の本を読むほうが、理解は深まります。

謎とき平清盛 本郷 和人

謎とき平清盛 (文春新書): 本郷 和人

謎とき平清盛 (文春新書): 本郷 和人

これが、最後の、そして最高のお勧め本です。

作者は、NHK大河ドラマの時代考証者ということです。

武家が主役で、公家がいて、だから天皇家も「王家」がいいと提案されたそうです。
実際、この用語は、非常に分かりやすく、自分の頭も整理しやすくなりました。

正盛から忠盛と、先代がいてこその清盛と、平家一門のある程度の繁栄は見込めたという状況。
平家一門の安泰や結束力に対して、源氏では畳の上で死んだ人が少ないと(笑)
裏付けるように、源氏の者たちは、地方では暴力的に略奪をする狼藉者も多く、弓矢にたけたつわものも数知れずと、勇猛な話に事欠きません。

さて、院政の強大化、摂関家の頼長と忠通兄弟の私闘も重なって、ついに「350年ぶりの死刑の復活」。
のみならず、政敵を追い落とすために、武力を持って討つということが当たり前になります。

せいぜい、呪ったでしょ?と陰謀を仕掛け失脚させるか、人知れず毒薬などで暗殺する程度だったのに、平和ボケした時代をぶん殴るように、血で血を洗う正面からの武力闘争が幕を開けたのです。

後白河と信西と清盛、時代が求めた怪物たちがそろって、日本史は大きく転換したということのようです。
信西は、後白河・王家の完全政治のために、公家・摂関家を失墜させ、武家・平氏の軍事力をバックボーンに、理想の王国を構築しようとしたのでしょう。

また、日本全体で、反平家というより反既存政治の反乱が自然発生的に起こっており、源氏はその一部であること。
頼朝が挙兵できたのも、一度平氏に敗戦して再起できたのも、父義朝が開拓した関東の武士との人脈が大きかったこと。

こうして、政治、経済、軍事をまとめて、日本史の転換点で、平清盛が何者であったのか、そして平家一門の繁栄と滅亡など、「謎」がとかれていく。

ぜひお読みください。

NHK大河ドラマ『平清盛』の理解の助けになるとともに、事業を興すこと、続けること、会社をつぶさないことなど、非常にお役に立てることと思います。

平清盛前史 王家と公家と武家 藤原摂関家や源氏の一族の内部抗争の偶然から

NHK大河ドラマのミーハーとして、ようやく平清盛とその時代がよく見えるようになってきました。

勧善懲悪はもとより、予定調和、必然という言葉は意味を失います。
とくに『平家物語』や鎌倉室町政権時代の文献の、平氏・清盛悪人史観は、後世の目を曇らせてしまいます。

平清盛は、当時の全国の混乱によって政権交代が期待された時代の、転換期の人格化と言えるでしょう。
その意味で、日本の歴史が必要とした人物だったのです。

ところで、NHKの時代考証を担当された方に倣って、王家・公家・武家という用語を使います。

公家:藤原不比等・仲麻呂 皇后 太政大臣

公家の筆頭 藤原氏の繁栄のキーワードは、外戚政治。
娘が天皇の妻になること、またその娘が天皇の母になること。

この独特な政権掌握の手法は、平安末期まで踏襲され続けます。

藤原氏の黎明期を、簡単に年表にしました。

西暦 ことがら 王家・ほか
659 不比等誕生 (斉明天皇)
672   壬申の乱
697   文武天皇即位
不比等女宮子 文武夫人に
701 後の聖武天皇誕生(父文武/母宮子)
大宝律令
706 藤原仲麻呂誕生  
718 後の孝謙天皇誕生(父聖武/母光明子)
720 不比等没  
729 光明子 皇后に※
737 藤原四兄弟病死  
749 仲麻呂政治・軍事を掌握 孝謙天皇即位
757 養老律令
758 淳仁天皇即位(仲麻呂推挙)
760 仲麻呂太政大臣※  
光明子(光明皇太后)没
このころ、仲麻呂一族の官位独占。道鏡の台頭
764 仲麻呂(恵美押勝)の乱

※王家以外では初ということになります。

不比等には、天智天皇の落胤という説があります。

仲麻呂は、政治のみならず軍事を掌握。一族が官位を独占。王家以外で初の太政大臣に。
称徳(孝謙の重祚)・道鏡の政治主導に、武力を頼んで反旗を翻し、朝敵となって一族は滅亡。

仲麻呂のキーワードは、外戚政治と軍事力をベースとした政権掌握、一族の官位独占、そして反乱と一族滅亡。

公家:藤原良房 摂政・関白 忠実・忠通・頼長

866年、藤原良房が王家以外で初の摂政に。

なお、年少の天皇には摂政、成人後の天皇には関白がおかれるようになります。

摂政:帝に代わって、政(まつりごと)を摂る
関白:帝の言葉を、関(あずか)り白(もう)す~先の関白を太閤と呼ぶ

白河院政期、藤原忠実と、長男忠通、次男頼長の権力闘争もあって、摂関家は政治力を失っていきます。
ちなみに、保元の乱によって頼長は落命。

摂関政治が制度疲労を起こしていました。

王家:後三条天皇・白河天皇

平安末期に、藤原氏を外戚としない後三条天皇が誕生。

アンチ摂関家勢力の支援による親政によって、藤原氏の政治力が弱体化、さらに荘園整理令によって藤原氏の経済力もダメージを受けます。

後三条の子、白河天皇によって親政は継続拡大し、さらには摂関家の混乱と年少天皇の即位によって、「治天の君」による独裁的な院政がしかれます。

摂関家の私兵に近い源氏を遠ざけ、北面の武士などとして平氏を重用。

キーワードは、アンチ摂関家、そして不穏な時代(地方の武装民、僧の強訴など)の軍事力評価。

王家:後白河天皇

失礼ですが、後白河にはポリシーはなかったと見うけられます。
自己の権力維持のみが目的であって、天下国家のデザインはまったくなかったと言えるでしょう。

そして、信西というブレーンもあって、政治力は軍事力となってしまいます。
政権の決定力は武力であると政治が変質し、平氏と清盛は暫定的に政権の中枢を占め、そして武士の時代を準備することになります。

武家:源義家とその子孫 義国・為義・義朝

源義家は、鎌倉幕府の開祖 源頼朝、室町幕府の開祖 足利尊氏、の祖先です。

父頼義の前九年、義家の後三年により、武名はとどろきます。

基本的に、義家も含めて源氏は摂関家の私兵に近く、その流れで義家の嫡流の為義は保元の乱で、藤原頼長についたようです。

義家の嫡男にして、為義の父、義親は狼藉が過ぎて、白河院の命によって平正盛(清盛の祖父)に討たれます。
これも、王家による公家・摂関家の武力を削ぐ意図として考えられるようです。

義家に粗暴過ぎると愛想を尽かされた子の義国は、関東の一部に勢力を持ちます。
後の、山名、今川、細川、畠山、新田、足利の祖でもあり、武家の本流となったのでしょうか。

関東を巡って、摂関家の私兵である為義と、院に仕える子義朝に確執があったとも伝えられます。また義朝は嫡男でもなかったという説も…
これが、保元の乱の、親子敵味方となるベースかもしれません。

なお、頼朝の母の由良御前の身分と人脈によって、義朝は院に仕えることができたし、頼朝も三番目の男子ながら嫡男になったと思われます。

武家:平正盛・忠盛 院に奉仕する武力と経済力

清盛の祖父の正盛ですが、白河院の政治にピントが合ったということでしょう。いろいろ重用されます。
摂関家や源氏が、やや力を失っていたときに、間隙を縫ったということになります。

清盛の父の忠盛は、白河院、鳥羽院に、武家として仕え、貴族として位階を上昇させます。
他方で、密貿易を含んで、経済的基盤を拡張しています。

こうして、清盛の先代と先々代によって、軍事力と経済力が整い、政治力とは言えないが官位を上げることに成功します。

平清盛がやったことと、やろうとしたこと

まあ、基本的に平清盛がやったことは、不比等・仲麻呂がやったことの再現と思われます。
もっと辛辣に言えば、藤原氏の劣化コピー、イミテーションであったということになります。

ただし、別エントリーとなりますが、清盛がやろうとしたことに意味を付与すれば、信長級の革命です。

社長が学ぶ清盛CEO

さて、社長ブログとしての、平清盛に学習するべき経営者の心得は、

市場を支配している上位企業の模倣をすることによって、同じように上位に食い込むことはできるでしょう。
ただし、何を真似るかが重要です。
さらには、真似るにも、いろいろな条件がつきます。

既存の勢力がやや弱ったときに、先行者を模倣し、必要とされる付加価値をつけた商品ならば、ヒットを飛ばすことができるということでしょう。

平氏が滅亡したことに心が奪われ、まして盛者必衰といった役に立たない標語で平清盛を闇に葬っては、あまりに惜しいわけです。

勝ちパターンは、前の勝者の模倣から。
こういうことで結んでおきます。

超訳『資本論』的場昭弘著 起業家として読む「資本論」序章

私は、起業し、1円株式会社とはいえ社長になっています。

今また逆に世の中では、サヨクが、「蟹工船」でワーキングプアの自分たちになぞらえ、また「資本論」を読んで、資本主義の搾取を暴き、階級闘争を目論む者も出てきているようです。

私は、実は「資本論」を読むにいたったと同じ理由で、社会主義が大嫌いです。

今後展開する予定の、起業家として読む「資本論」の結論は、計画経済および官僚主義の批判であり、全体主義の拒絶であり、消費者不在の労働運動の否定です。
そしてマルクスの誤りは、西洋知識人が誰でも陥った「科学」に対する信仰だったのです。

超訳『資本論』的場昭弘著

超訳『資本論』的場昭弘著

では、マルクスの「資本論」の前に、レジュメのような本を紹介しておきましょう。

超訳『資本論』: 的場 昭弘

マルクスの「資本論」では、商品の交換によって、ある商品が貨幣の形態を取るようになり、この貨幣が資本へと転化する、と論理を進めます。
これは、非常に弁証法的な展開で、知的な満足感を得ることができます。

なおマルクスは、人類の歴史として市場社会や資本主義が登場し、資本家は資本の人格化であり、極端に言えば歴史の必然性によって、搾取をさせられている、資本家という役割をこなしている、という認識を示しています。

つまり、剰余価値にせよ、階級闘争にせよ、善悪の彼岸にあるということですね。倫理とか道徳とか、あるいはヒューマニズムを超克した、歴史主義と言えるでしょうか。
これが分かっていないサヨクが非常に多いです。

商品・貨幣・資本と市場社会 そして「科学」

さて、的場昭弘氏は、はしがきでこう述べています。

遺伝子たる商品が残っていれば、また同じような資本主義が復活します。

語るに落ちた、と言えば失礼でしょうが、サヨク的に搾取をともなうと見なされる資本主義は、市場経済と不即不離であり、「資本論」の冒頭にあるように、商品は貨幣を生み貨幣は資本に変わるわけですから、話はややこしくなってきます。

つまり、資本主義を廃止するには、資本家を打倒するのではなく、市場社会を壊滅させなければならない、こういう結論になりかねないのです。

そしてさらに、生産と消費の矛盾、その暴力的な解決が恐慌です。

となると、市場経済を廃止し、生産と消費の矛盾を解消するために、計画経済なるものが後世に発明されることになります。

頭のいい人、よく分かっている人、指導者が無知な大衆を導くわけです。

これが、党とか官僚とか全体主義の温床となる理論的根拠なんでしょうね。

社会主義に限らず、政府による規制または保護も、似たり寄ったりです。正しいことを考えるという人が、君臨するからです。
だから、自由の人ハイエクは、ケインズを批判したんでしょう。

分かっている人が、分かっていない人に干渉する正当性が、「科学」という正しい結論を出せるという信仰なんですね。

一度サヨクは、剰余価値を発生させない企業を作ってみたらどうですかね。やれるものなら…

資本家の誕生 本源的蓄積

労働力の商品化によって、不払い労働が発生し、それが剰余価値の正体であり、搾取の源泉とされます。

なぜ労働力の商品化が起こるのか、なぜ賃労働を行うのか、それは生産手段が資本家に奪われているからだと。

資本主義が回り出すと、資本と労働の関係は再生産されますから、資本家は一生資本家、労働者は一生労働者となり続けます。

では、資本主義のはじまりはどうだったのか?

それが、本源的蓄積と呼ばれるもので、例えば農民から暴力的に農地を奪うことだったと、「資本論」では解説されます。

そのほかの資本家誕生の例として、

疑いえないことは、多くの小さな同職組合の親方と多くの独立手工業者、あるいは賃金労働者さえも、小資本家となり、そして、賃金労働者の搾取のゆっくりとした拡大と、それに照応した終わることのない蓄積とともに、完全な資本家になったのだということだ。(「資本論」からの引用部分)

資本家がどこから来たかは、不明確です。ただ言えることは、機を見るに敏なるものにはチャンスがあった。

ということですから、今も同じように起業すればいいんじゃないでしょうか?

事業を考えたり、商材を販売したり、労を惜しまなければ、嫌なこと不得意なことでも死ぬ気で取り組めば、全員とは言いませんが道は開けると思うのですが…

なお本源的蓄積も、歴史的事実は「資本論」の記述とはかなり違っているというのが、現代の認識だそうです。

インテリゲンチアだった青年時代の「資本論」

カール・マルクス「資本論」岩波書店 向坂逸郎訳

私が、起業家として読む「資本論」を展開する自信や根拠は、次のとおりです。

「剰余価値」とか、「搾取」とか、「階級闘争」とか、サヨク用語を使って私を批判しても無駄です。

私は、そこら辺のサヨクとは比べものにならないくらい、マルクスに、また「資本論」に打ち込んでいます。

大学に入ってすぐ、大きく影響を受けた先輩T氏と一緒に、毎週土曜日午後から夜間にかけて読書会をやりました。

その時に、私が用いたテキストが下記、岩波書店・向坂逸郎訳の単行本でした。

お見せできませんが、赤い傍線や、書き込みや、付箋などでドロドロになっています。

第一外国語の専攻がドイツ語だったので、当時東ドイツ共産党(ドイツ社会主義統一党)のマルクス=レーニン主義研究所が刊行した、ドイツ語原書も入手しました。

下図は、ドイツ語原書の中表紙です。

カール・マルクス「資本論」ドイツ語版 カール・マルクス「資本論」ドイツ語版 中表紙

そして、「資本論」第一巻に限って、マルクスは英語版とフランス語版を出版しています。

カール・マルクス「資本論」英語版 カール・マルクス「資本論」フランス語版 邦訳

左が英語版の原書、右がフランス語版の日本語訳です。

そして日本語訳は、向坂訳単行本だけでなく、何度も読み返す意味も兼ねて、文庫版を3種類仕入れました。

カール・マルクス「資本論」邦訳 岩波文庫版 カール・マルクス「資本論」邦訳 国民文庫版 カール・マルクス「資本論」邦訳 青木文庫版(長谷部文雄訳)

左は単行本の岩波文庫版です。中は大月書店国民文庫版。そして右が、名訳と誉れの高い長谷部文雄訳の青木文庫版です。

ちょっと痛い蔵書の披瀝ですが、今から進めたい起業家として読む「資本論」のバックボーンとしての、私の資本論の履歴書を書いた次第です。

ハイゼンベルクの不確定性原理によって、左翼つまりリベラルに

ついでに。

ほぼ同時期に、ハイゼンベルクの不確定性原理を知り、「科学」の限界、傲慢さを思い知り、もともとが自由に価値観を持っていましたから、マルクスの「資本論」を読んでも、左翼=リベラルになったものの、程度の低いサヨクにはならなかったということです。

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本:郷原信郎著 コンプライアンスの暴走

「思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本」で郷原信郎氏は、いかに日本がとんでもない錯誤に満ちた世界になっているか、反省を促しています。

『思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本』郷原信郎著

著者の郷原信郎氏は、かつて例の東京地検特捜部にも籍を置いた、日本のコンプライアンス問題の第一人者である弁護士です。

その方が、特に経済に関する無知不勉強な検事や裁判官を批判し、暴走するメディアや大衆の「法令順守」病に冒された思考停止に警鐘を鳴らしています。

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本:郷原信郎著

「不二家」や「伊藤ハム」の事件に当事者として携わった人間として、著者は騒動の愚かさを指摘しています。
発表しないことを「隠蔽」として騒ぎまくったメディアの、国民の安全ではなく視聴率だけを追求したというバカさ加減が分かります。

姉歯事件をきっかけとして建築基準法が改正され、これ自体が官製不況をもたらしました。
誰も彼もが、建築士や建設会社やマンション販売会社を叩いて潰して社会的生命を終わらせたのですが、地震が来たら壊れそうな建物はいくらでも残っており、そしてそれらは建設当時の法律には違反していないということで放置されているのです。

法律を守って、国民の安全は守られず。これが今の日本です。

ライブドアの堀江貴文、村上ファンドの村上世彰、ブルドックソースの企業防衛判決など、経済をめぐる検察と裁判所の無知や不勉強さを指摘し、さらには日本の経済活動に致命的なダメージを与えたと。
また、広島のアーバンコーポレイションが破綻して地元は大変なんですが、この裏に直前にアーバンに融資したBNPパリバ証券の不正な「スワップ契約」が株主に致命的な損害を与えたかもしれない事件は、放置されているそうです。これは、堀江や村上どころではない、大犯罪の可能性もあると。

裁判員制度や、社会保険庁の年金記録漏れ問題も、テレビや新聞とは大きく異なった見解を示しています。

終章の、今の馬鹿げた日本の法令順守・思考停止社会から脱する提案は、少し説得力がありませんが、それはわれわれがなすべき役割でしょう。

結論としては、みのもんたや古舘伊知郎、宮崎哲弥などの電波芸者に騙されず、自分で情報を集め、自分で考え、自分で判断するしかない。そういう世の中にしよう、ということになりそうです。

  • 参照:思考停止社会 – 池田信夫 blog

思考停止、判断停止、疑念停止こそがブランドの正体?

非常に飛躍した意見です。

マーケティングにおいて、ブランドのあるなしで決定的に違うというのが、理論的な帰着です。

では、ブランドが果たす役割、消費者の購買行動に、どう働きかけているのか? が肝となるでしょう。

ブランドがあることによって、消費者は、商品の機能や他商品との違いなどを既に知っており、また、会社についても商品の開発力や販売の確実性などを自明のものとするわけです。

ECサイトにおいては、商品の紹介文と実際に届いたものとの落差を心配せずに済みますし、また振り込んでも届かないといった不安もぬぐい去られています。

ということは、ブランドがあれば、商取引において、疑いの心が生じないと言えるのではないでしょうか?

ですから逆に、ネガティブな悪評判が経てば、上記の郷原信郎氏が指摘するような、思考停止したこれでもかという大衆の攻撃が起こっているわけです。

つまり、ポジティブな評判としてのブランドは、消費者の思考停止を招いていて、良いとか悪いとかの判断も停止しており、詐欺ではなかろうかという疑念も湧かないようになるのです。

だから、ブランドがあれば、売れるのです。

私が究めたところのブランドの正体とは、消費者の購買において、思考停止、判断停止、疑念停止するだけの確固とした評判や信頼や確立すること、となります。

いかがでしょうか?

『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』北 康利 著 - 独立自尊のイノベーターの伝記

今日2月3日は福沢諭吉の命日です。

一万円札に肖像が採用されている人物ですね。

お札に載るほど日本の国家権力に貢献したとか、学問のすすめとは何と説教がましいことをとか、お金持ちの子弟があつまる慶応義塾大学の創始者とか、私はまったくいい印象を持っていませんでした。

だがしかし、この本を読んで打ちのめされました。今はわが不明を恥じております。
今なおこの平成日本は、福沢諭吉がやったように、「開化」するべきものではないのかと驚くのです。

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず 北 康利 著

この伝記本の著者である北康利氏は、確信犯的に、今の平成日本を福沢諭吉の時代、幕末から明治と同質なものとして描いているはずです。

まず副題、「国を支えて国を頼らず」とは、納税しても補助金をもらわず、公共事業にたかるな、と読めます(笑

そして、目次の第一章は「門閥制度は親の敵でござる」となっており、ゲンコツで頭を殴られた気分になりました。

『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』北 康利 著

もうお気づきでしょうが、先のエントリーである「フランダースの犬」ネロになりたくない、ネロにならせたくない。「閥」への憎しみ は、実はこの福沢諭吉伝の書評を書くための前触れだったわけです。

福沢諭吉の父百助は最下層武士の生まれだったために、好きな学問を修めることができず、その父の無念憤懣を母お順から聞かされ育った福沢諭吉は、門閥という生まれによって才能が飼い殺しにされる封建制度を憎み抜いたのです。

無知無学なために権力にいいように翻弄される大衆から離脱するために、日本国民に学問をすすめたのです。

明治政府の官僚を生産する家畜舎となった東京大学に対して、それ以前に、「民」であり「私立」であることを矜持として慶応義塾を創立したのです。

平等を謳いながらもわが子らに与え続けたり、最晩年は朝鮮や中国に対する帝国主義者的な言動が散見されるようですが、自由を追求し続けた福沢諭吉の思想の瑕疵とはならないでしょう。

福沢諭吉の思想からは、門閥という封建制を消滅させたはずの明治維新は、ただ幕府や主君から薩長に変わっただけの藩閥を産み出した「裏切られた革命」のニュアンスがあります。

実際、この年になってはじめて知った、明治政府による福沢への言論弾圧や、兵役なども東大などの官製学校の生徒は免除されたのに、慶応義塾などの私製学校の生徒は課せられたことなど、権力の横暴にはらわたが煮えくり返るほどです。

本書中、福沢が九鬼隆義に語ったとされる言葉が頭にこびりついて離れません。

わが国には、もう十分な数の為政者がいます。むしろ多すぎて困っているくらいです。これからは庶民の教育こそ肝要なのです。

この言によって、九鬼隆義は学校をつくり、実業に乗り出したということです。

福沢諭吉は、大教育家ではありますが、それは実業のための学問を普及させ、権力を評価する知識を伝道し、間違いなくイノベーター、そして起業家だったと言えるでしょう。

福沢諭吉 生誕地の記念碑

物議を醸しているGoogleビューですが、こんな便利な使い方もできます。
下記は、大阪市福島区福島一丁目にある福沢諭吉生誕記念碑です。


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『男組』全巻電子書籍購入 神竜剛次の絶望 流全次郎の希望

iPad 2をゲットしたこともあって、少年時代に熱中したマンガ『男組』全巻をeBookJapanで購入しました。
すでにアナログの単行本の方は廃刊?になっており、入手難でしたから、電子書籍は嬉しいことです。

神竜剛次は闇、流全次郎は光 大衆は豚、老害日本

これからも、日本の電子書籍は、Appleの独占商法や対抗する出版社の利権や著作権などがからんで、紆余曲折をたどるでしょう。

男組全25巻

原作は、『美味しんぼ』の雁屋哲です。

主人公は、流全次郎。物語の後半部で、真の悪者は戦後日本の支配者「陰の総理」ですが、全編を通じての敵役は神竜剛次です。

彼の哲学がもの凄い…

神竜剛次の大衆豚哲学大衆豚哲学大衆豚哲学

そして、大衆という大人の豚に喜んで仲間入りしようとする若者を全否定する神竜剛次ですが、敵前逃亡を繰り返す若者には流全次郎も批判的です。

「今、戦わない人間が、あとで戦うわけがない!!」

大衆は戦わず言い訳ばかり

神竜剛次は、陰の総理によって与えられた権力を使って陰の総理を倒そうとし、そして流全次郎に敗れ絶命します。

神竜と流は革命家流全次郎の思想は大衆ではなく神竜剛次に近い?

物語は、高校生と殺人者・傭兵や警察などとの戦争状態、荒唐無稽です。

最後は流全次郎が単身で陰の総理を倒しに行きます。

聖書からの引用、「一粒の麦」
個人が、生命や財産にこだわり続けたらそのまま、命を投げ出し既得権や目先の利益を放棄してこそ、多くの人々が救われるということです。

エディプス・コンプレックス

美味しんぼの海原雄山を見ても分かるとおり、雁屋哲にはエディプス・コンプレックスがあるようです。

それは、現在の悲惨な状況を生み出している先行する世代、老人が支配する権力への憎悪でしょうか。

そして、その老人たちに気に入られようとする若者にも嫌悪しているようです。

また、神竜も流も長男であるはずなのに、剛次や全次郎という名前もいぶかしい。次世代が前世代を打ち倒すべし、という意味でしょうか…

次は同じ原作者の『野望の王国』を買おうと思っているところです。